つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

少しのことにも、先達はあらまほしき事なり

タイトルは、兼好法師の「徒然草」に書かれている『仁和寺にある法師』の一文です。
私は「石清水」で覚えていて、当時は『仁和寺る法師』と習った気がするのですが、今調べてみると、”にある”法師みたいですね。
・・・変わったのかな?

意味は、『ちょっとしたことにも、その道の先輩はあってほしいものである』ということになります。
700年前くらいの書物になると思うんですけど、”先達”の意味が分かればわりとわかりやすいですね。 

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仁和寺・・・のはず(2010年)

 

先日、パソコンショップに行って、PCパーツの細かいことを聞いてきました。
パソコンの使用歴はそこそこ長いはずなのですが、自分で細かいことを学ぼうとしてこないまま、今に至ってしまったんですよね。

インターネットで調べればわかる内容だったりもします。
ただ、書かれている文字だけでは感覚的に分からない部分もあるもので。
それって、やっぱり人の口で説明してもらって初めてわかる、みたいなところもあるんです。
自分で調べていた時期も結構長かったのですが、聞いたことで一気に不思議に思っていた部分が解消されて、クリアになりました。

 

そういうことって、わりとあるんですよね。
『なんでもネットで調べればいいやん』と言われもする昨今ですが、やっぱり人に聞くことって大事だなあと思いました。
さらに言えば、「百聞は一見にしかず」で、体験できるものなら自分の感覚で体験した方が、なおさらいいのだろうな、とも。

 

 

世の中、知らないことばかりで、自分が『専門』と言えることなんてほとんど無いんですよね。
専門と思っていても、それは勘違いかも知れなくて、上には上が確実にいる。
だから、何かを専門にしている人は本当にすごいなあと思いますし、たぶん自然と尊敬しているのだと思います。
自分にはできないので。

逆に、少し分かってしまう部分には色々思うところもあったりもしますが、それはそれで自己を研鑽する前向きなきっかけにしていければいいな、と思います。

どうせ一生未熟なので、未熟は未熟なりに知識を吸収し続ける吸水スポンジであり続けたいものです。