つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

「自分のしたいことはなにか」を考えること

色々なものにとらわれずに、「自分のしたいことはなにか」を考えて、行動に移すことって、本当に難しいなあと思います。
もしかすると、子供のころのほうがストレートだったかもしれない。
現実を知って、社会を知って、仕組みをして、裏側を知って。
色々な打算を考えたり、リスクをとることを避けてしまうようになってしまったかもしれない。

 

変な話、誰かの応援ならできるんですよ。
ストレートな応援もそうですし、ある種分析なことを言ってアドバイスもできる。
それは、この捉え方はややドライなのかもしれませんが、その人にとって自分が”他人”で、ある意味”外”にいるからこそ、客観的に見える部分もあるんじゃないかと思ったりするんですよ。

 

その裏返しで、自分って見えないんですよ。
だから、何をやっていいかわからない。
「自分が思っていることなんて自分しかわからないでしょ?」と言われても、自分の本音って、自分が一番わからなかったりするんですよね。
周りで見てた人のほうが「そうでしょ?顔に出てたもん」とか言ってくれる。

 

だから、自分って難しいんですよ。
「人の応援」とか、「誰かのために」というものを除いて、自分が自分のためにしたいことって何だ?って考えても、なかなか答えが出ない。


私も、いったいいつから考え始めて、何年間答えが出なかったことか。

 

 

これも理念的な話で。
小さな部分では、ちゃんとできているんです。
「あ、甘いもの食べたい」と思って、買って食べておいしいと感じるとか。
そういうレベルなら、素直にできている。

本当に、人間ってあまのじゃくだなと思います。
きっと、自分の奥底ではちゃんと答えが出ているのに。
それを意識下には引っ張り出してくれない。
いけずですねえ。
別に私、京都生まれじゃないですけど。

 

 

”誰かの応援をすること”は好きなので、引き続き続けていくと思います。
でも、自分が自分のためにしたいことも、少しずつ答えを出していきたいなと思います。
もしかすると、それすら応援なのかもしれませんが、もしそうなら、もう少し自分自身にわがままを言っていいのかもしれませんね。