つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

青の雪解け

不穏にも感じうる表題でスイマセン。
”推し変”などの話ではありませんので、そこはご安心ください。

 

 

雨宮天ベストライブの神奈川公演終了後。
熱っぽく感想を語る私に向かって、友人が「(私の雨宮さんに対する)熱が戻ってきてよかったじゃん」と言い。
翌日にNext Dimensionと君を通しての考察のブログを書き。
その夜、こんなことを考えていました。

 

自分の中で雨宮天さんという存在をとんでもない極地に置いてしまっていたこと。
それゆえにある種の”しんどさ”を抱えてしまっていたこと。
今回のライブを受けて、考え方や触れ方が変化したこと。
他の声優さんと同じ座標軸の上に自分の中の天さんの認識を戻せたこと。

 

私にとっての雨宮さんは、ファーストプライオリティ、つまり基本的には最優先する声優さん、という位置づけでした。
表立って言って回るようなことは今はしなくなりましたが、やはりそれだけ魅力的な方で。
今思えば、特別扱いというか、神格化というか、女神のように見ていたというか。
一言で表せば「別格」でしょうか。
なにかと比べることすらおこがましいくらいの存在で捉えていました。

ゆえに、まっとうなファンでいたいと思っていて。
真面目にストイックに前に進んでいく天ちゃんを応援するには、そのくらいの真っ直ぐさが要るんじゃないか、と思っていたふしもあって。
”ガチ勢”と呼ばれる方のように活動のすべてを網羅できないことはわかっていましたし、そうしても自分が潰れることはわかっていましたが、できる範囲ではチェックしたいと思っていました。
手の届くものはできる限り触れたかったし、いつも身の回りに天さんの話題があってほしかった。
そうでないと、”応援する青い光の一つ”になれない気がした。
もちろんそれは思い上がりで、そんなことはないのだけれど。

 

この”欲”は必ずしもよい方向に向かうわけではなく。
まっとうなファンでいようとしてあれこれ考えたり、動いてみたり、みなかったりして。
いつからだろう、苦しさといっていいのかな、辛さといっていいのかな、ストレートに言い表す言葉が見つからないので”しんどさ”としておきますけど、”楽しい”だけでない感情が、どこか心の隅にあることに気づきました。

それがご本人に向かうことはありませんでしたが、コンテンツだったり、スタッフ側だったり、時には同好の志にだったり、フラストレーションを抱えることはあって。
”まっとうなファンでありたい”という思いが、かえって自分の首を締めていたのだと思います。
素直に楽しめていないことをごまかして、つごうのいいファンであろうとしたのかもしれません。

 

 

ベストライブは、私にとってエポックメイキングでした。
後になって、そう思ったんですけどね。
”これまで私が見てきたどの天ちゃんより、飾ったり、演じたりしてない”と、主観ですがそう思いました。

歌が途切れてしまったり、ハプニングが起こったりして。
…ということは完璧ではないんだけれども、歌い直しはしない、それを謝ることもしない、ファンもやりなおそうといった雰囲気はおくびにも出さない。
最後には涙がこらえきれなくなって、でもそれを会場じゅうがあたたかく包んで。

まさにあの瞬間、パシフィコ横浜がホームだった。

女神とか、美しすぎる声優とか、事あるごとに別格扱いされる天ちゃんが、なんていうんだろう、この言い方は適切でないのかもしれないんですけど、めいっぱいがんばりまくっている等身大の女の子の姿に見えたんです。

まさかそんなことを考えるとは思ってもみませんでした。

それと同時に、私はどんだけの”おもし”をおっかぶせていたんだろうと。
もちろん本人がその重さを感じることはほぼないんですけど、どれだけ寄っかかっていたんだろうとか、そう思った。

そう思ったのがきっかけなんです。
翌日の深夜、私は天ちゃんについて
『女神みたいな存在じゃなく、一人の人として認識できた気がする。』
とつぶやいています。
私自身、そんな思いが自分の中から出てくるとは思わなかった。

 

そして、その時は書かなかったんですけど、天ちゃんを他の声優さんと同じ土俵の上で考えることができるようになりました。
今までは、1st Priorityとして、別格と扱っていた。
『別格』って、特別ですごいことだと思うかもしれません。
最優先の”トップ推し”じゃないけど、そういう存在じゃないの、と思う方も多いかもしれない。

でも、それって、別格というレッテルを貼って、細かいことを考えない、自分にとってのセーフティゾーンみたいなところに囲っている状態でもあるなあと思って。

それがずっと続けばいいですけど、人の心はうつろうもので。
別格のままずっとあったものが、”名目”の別格になっていき、時と場合によっては”はれもの”みたいになってしまうことも、あって。

「天ちゃんは別格だから置いておくとして…」という選択肢がなくなった。
もちろん何かを論じて優劣つけるみたいなのはよくないんですけど、それは内心の自由としてお許しいただくとして、その”別格じゃない位置”に戻すことが出来たって、自分の中でものすごくプラスだったんですね。

最初は、そうだったはずなのに。
ここにたどり着くまで、戻ってくるまで、長かったな。

 

もちろん、これは認識の違いであって、根本の部分で何かが変わったわけではありません。
たぶん、同じようにファンでいるんだとは思います。
それでも、今までとはまた違った心のもちようで、楽しんだり、応援をしたり、いいかかわり方をしていけるんじゃないか、と今は思っています。

 

 

 

 

 

 

だらだらと長ったらしい話で、多くの方が途中で読むのをやめていったと思います。
ここまでお読みいただいた方に、心より感謝します。