つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

いつから「おじさん」を自称するようになったのか

自分のことを「〇〇おじさん」と言うようになったのは、いつからだったんだろうか。

 

若く見られたいわけではないんですけど、私は心が全然育っていないこともあって、長らくの間、「自分は18歳くらいの精神だな」と思っていました。
社会の荒波に揉まれてからは、流石に18歳です!って言ってると「おいおい」と突っ込まれそうなので、22歳くらいの気持ちで長らくいましたが、最近、それが少し変わってきて。
ここ3年とか4年くらいですかね。
自分を「おじさん」という機会が増えたのは。

 

年を食ったからだとは思うんですが、いろいろなものの関係性が変わってきたというのもあるだろうなあと思っていて。
変な話、もはや”若手”ではないんですよね。
いつまでも新人とか若手とか言い続けられないという、アレ。

ある意味で、それは一歩引いたところにいったということなのかもしれないですし、総称することで自分自身を勘違いさせないためなのかもしれません。

 

でも、おじさんになっちまったんだなというより、少し居心地の良さを感じている部分もあるんです。
なんだかほっとするような。
色々な荒波からは少し離れて、刺激とかは薄いのかもしれないけれど、どこまでも自分のペースで、ペースを乱されずに好きなようにやる。
それってもしかすると、若い頃考えていた「おじさん」より、ずっと楽しいのかもしれません。

 

どうせ、どうころんでも若くてイケメンでもない、どちらかというと細工の悪いおじさんですからね。
おじさんらしく、マイペースに楽しんでやろうと思います。

ターゲットが変わってくる話

何事も、万人受けするのであれば、それは一番いいですよね。
でも、そんなことはもちろんなくて。
母数が多ければ、限りなく100%に近くても1%や0.1%は受けない人がいて。
大半の場合は、受けている状態があっても、全体を見ればそれが1%や0.1%だったりする。

だから、ターゲットを絞るということがあるんですよね。
で、ターゲットを絞るってのはもちろん悪いことじゃなくて。
考えが多様化している今、戦略を持って、ターゲットを絞っていかなければ、どの世の中も生き残っていけないわけです。

 

何かに興味を持って、少し足を踏み入れてみようかなあと思った時に、なかなかハマっていかないことがあります。
興味はあるはずなのに、埋まっていかないというか、噛み合っていかないというか。
どことなく、目線が違う。
こちらが合わせようとしても、なんだか合わない。
それが少し不思議で、何が原因なんだろう?と考えることもあったんですが。

ある時になって、ふと気づいたんです。
「これは、私はターゲットではないんだな」
と。

 

これは少し長い目で見た時の話ですけれども。
一つのものとかこととかを長年見てきたとき、どこか途中で見え方が変わってくることってありますよね。
根っこは同じなのに、なんだか変わってきた気がする。
それってたぶん、その時期ごとに、ターゲットが変わってきているんだと思うんです。

ふと浮かんだのがエヴァンゲリオンの例なんですけれども。
エヴァがなんであんなにリメイクされているかというと、もちろんリメイクすることで作品を完結させるという目的はあるんですけれども、
「今の14歳に向けて作っている」
という話を、庵野監督がしていたみたいなんですよね。

同じようなもので前にも紹介しましたが、漫画の最終兵器彼女
「いつか読めなくなる日が来るから、そのときは誰かに譲ってください」
って書かれてるんですよ。
どんな時代でも、ターゲットを定めて作品は発表されている、ということなんですね。

 

自分が、そのターゲットからは外れているなと思ったとき。
ついていけるのであれば、ついていってもいいでしょう。
でも、きっとどこかで、ついていけなくなる時が来る。
それをどのタイミングで気づけるか。
そのうえでなおついていくか、それとも・・・

悩みは尽きないものです。

押して駄目ならオレテミナ

書きたい題材はあるのですが、しっかり書くのにはまとまった時間がほしいところ。
色んなところでいそがしー状態になっているので、その中でふと気づいたことなど。

 

自分が置かれている立場や、その考え方を通さなきゃいけないときってあるじゃないですか。
私の場合、基本的には自分の立ち位置を考えた上で主張を通すために押して押して・・・ってのをやるんですが。
結局、こちらの立場があるように、あちらも立場があって、双方折れられないんですよね。
だから平行線を辿って、あんまりいい結果に至らないことになるので、どこかで落とし所を見つける必要が出てきます。

 

で、ただ単に押すだけでは、その落とし所ってなかなか見つけられないんですよね。
だから、相手側のこともふまえて「その立場もわかります」と考えてみる。
こちらにも、「ここまでは譲歩できるけどこれ以上は前提が崩れる」みたいな、絶対防衛圏みたいなところが必ずあるんです。
だから、こちらの最低限と、相手の求めているものをうまくバランスさせて、落とし所を見つける。
それって、とても有効なんですよね。

押して押してで何事もうまくいけばいいんですけど、もちろんそうはいかない。
譲歩することは、周りから見たら折れているようにも見えるのですが。
落とし所が見つけられて合意が取れれば、それはそれで成功なんじゃないかと思ったりもします。

 

まあ、”千代大海スペシャル”じゃないですけど、巧みに折れるためには、時に強引な突っ張りを放つ必要はあるのかもしれませんが。

アイドル化するコンテンツ

シャインポストの特番を見ていたら、声優さんが本職顔負けでダンスレッスンをしている様子が放映されていました。
「声優さんはよりアイドルみたいな感じになってきたなあ」と感じたのが、率直な感想でした。

アイドル声優」といった定義はもはや使い古されてきたワードですが、今回のシャインポストのような形は、アイドル声優というよりは
”声優も役者の中に内包される存在で、役作りやプロモーションの観点からアイドルを演じている”
という形かなと思います。
でも、こういう座組のコンテンツって多くなってきたよねとか、基本若手がメインの作品だとそれが基本線に敷かれているよね、というのは、ファンとしても感じるところだったりします。

 

「声優」という職業を定義しようとすると、どうしても”声を当てる裏方の役者”というところが根底になります。
ゆえに、それと比べて「アイドル的な活動は云々」という議論が、どうしても出てきてしまいます。
ただ、それが声優という職業のベースだったかというと、たぶんそうではなく。

かねてから、山寺宏一さんはものまね番組やおはスタなどのバラエティ番組でのタレント的な活動も多かったですし、それこそ20年以上の前でも『アイドルよりも声優のほうが沢山歌が歌えるよ』なんて言われた時代があったので、かなり前の段階から”声優は裏方”ですらないフェーズには入っていたんだと思います。
そして現在は、いわゆる”大御所”の声優さんですら、顔出ししてタレントとして活動しているご時世、今そのあたりを論じてもあまり意味がないのかな、というのが今の認識かなと思っています。

 

アイドル化しているのは、コンテンツなのかもしれないなあと思います。
タレント(=才能)を持った輝く原石が、努力を重ねて才能を磨いて、みんなで応援してスターダムを駆け上がっていく。
その勝者は地位や名誉が得られ、たとえ敗者になってもその歩みが丁寧であればそこに魅力が生まれる。
そのあたりの構図が、”高校野球”や”幕末”などが大好きな国民性に刺さる部分があったのかもしれないですね。
その流れで、いろんなコンテンツがアイドルを題材にしたり、コラボしたり、コンテンツ自体にアイドル的要素をもたせるようになってきたんじゃないか、と思っていたりします。

 

私も、実は実際のAKBですとか坂道ですとか、メインストリームのアイドルさんはよく知りません。
コンテンツを通してアイドルという姿を見ていて、おそらく”一歩引いた”感じでのアイドル要素好きなんだろうなと思います。

難しいところなんですけど、アイドルコンテンツは魅力的なのだけど、なんでもアイドルアイドルになってしまうと押し売りされている気もするし、それによって削がれてしまう要素も合ったり、何より関係する人に負担がかかったりもするので、数あるアプローチの方法の一つとして考えてもらって、色々な根底とか、丁寧に積み重ねる部分とかを大事にしてほしいなあと思っていたりします。

 

 

なにぶんあやふやな定義の話なので、締めもあやふやになってしまいましたが、まあこんなところで。

10%の進捗の日

なんか今日は物事がうまく進まない日で。
と思ったら身近・・・という言い方はおこがましいのでよく存じ上げてる声優さんも何人も何人も「うまくいかない」的な話が聞こえてきて、「台風のせいかな」と思ったりもしたのですが。
うまくいかない時は、いかないものです。
どれだけしっかり計画を立てていても、いろいろな事情とか、その日の体調などでも変わってしまう。

今日はまさにそんな感じでしたね。
途中までは「2割掛けかなあ」(20%くらい)と思っていたのですが、後から振り返ってみると・・・10%でもいいすぎくらいな、そのくらいしか何も進まなくて。
色々なことをやっていると色々締切があるわけで、それくらいはなんとかかんとかこなしたんですけど、それ以上のことはできていないのが正直なところです。

 

私なんかは、冷静でも計画的でもなくて、勘定で動くし体調にも左右されるタイプなので、なかなかしんどさはあるんですけどね。
ただ、できることをできるタイミングに前倒しでやっていく、ということは一応心がけています。
楽しいことはリアルタイムにやってきて、そこに駆け込むのはとても楽しいんですけどね。
やっぱり後で悔しくなるので。
そこは後で笑えるように、って感じでしょうかね。