つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

とりあえず走ります

さて、アイマスシンデレラの総選挙とボイスアイドルオーディションが始まりましたね。
この選挙に参加するのはほぼ初めてですが、”無理なく応援しきる”ということを目標にできることをやっていきたいと思っています。

取り急ぎ、デレステでは『デイリーのミッションをこなすことで追加投票券がもらえる』ということがわかったので、普段はライパしかしない私が、普通にぴにゃリクを回すというなかなかレアなことをやっております。

モバマスは・・・正直よくわからんのですが、とりあえずログインはすることにしています。
イベントで琴歌ピックアップも始まったということなので、なんとグッドタイミング。
少なくとも誰かの”選択肢の一つ”に入ることは間違いないので、とてもいい流れがきています。

 

その他のゲームもなかなか走らなきゃ・・・というものがあって、更に見るべき番組や聞くべきラジオプログラムも山積み。
いっぱいいっぱいですが、とりあえず走ります。

アートの力

イベントには行けなかったので、近くの個展に行ってきました。

毎年行っていた美大の芸術祭も去年は軒並み中止だったので、久しぶりの芸術鑑賞に。芸術を長らく見ていないと、その感性も鈍ってくるのかもしれないという不安も少しよぎりましたが、興味深い展示だったので、楽しむことができました。

 

昔から、芸術にあこがれがありました。
圧倒的なエネルギーで、見るものの感情を動かしていく。
そんな、なんだかよくわからないものへの、憧憬。

でも、残念ながら、芸術の才能は私には現れませんでした。
図画工作がおまけで3、美術に至っては『2』をたたき出したことがある不器用さ。
思いつきはするのですが、それを実行する力のなさには定評すらあります。
あるとすれば、かろうじて文章を書くこと(それを含めていいものかどうか分かりませんが)と、書道くらいのもので。
それですら、いまや筆ペンで書いてますから正道ではありませんけどね。
そのくらい、私にアートの術は身につきませんでした。

 

ただ、今思えば、アートの持つ力を見せつけられてきた人生だったようにも思います。
サブカル”と呼ばれるアートだって、括りでいえば『メディア芸術』。
アートやデザインが世界を変えてきたのを、まざまざと見てきた。

そう考えると、私はアートの力を信じているんだな、と思いました。

 

 

きっかけがあって行きはじめた美大の芸術祭では、本流の芸術にも触れられたし、現代アートの幅も広がった。
観光についてもそうで、観光地には膨大なアートやデザインが組み込まれています。
それを”ただの旅行好き”として、ある意味のフィールドワークとして取り込むことはできた。
今まさに関心のある領域だって、普通に『メディア芸術』というアートなんです。

 

アートの力って、やっぱりすごいんですよ。

 

私はたぶん、アートの分野でクリエイターになることは、なかなか難しいでしょう。
向いていないと思います。
ただ、アイディアを出したりしながら、そのデザインをコーディネートしたり、総合的に調整していくことはできて、それについては、今ものすごく身近なところにあります。

 

今日の気付きは、自分が『アートの力を信じて疑っていない』ということを知ることができたこと。
これは、自分固有の武器ではないけれども、そういう軸や視点を持っていることが何かに役立つかもしれないな、と思いました。

もどかしい世界の上で

今日は仕事だったのですが、お昼を過ぎた頃に、こんなBad Newsが届きました。

 

 

チケットをご用意することができませんでした。

 

 

 ミリオン7thライブの落選通知でした。

 

 

また、今日行われていた夏川さんのイベント『令和3年度417の日』が、とてもいいイベントだったらしく。
いや、それはわかりきっていたんですけどね。
環境が大きく変わることだとか、そもそも仕事の可能性もあったので、私は行く選択肢をとらなかった。

 

悔しいとか羨ましいというよりも、「やだなー」というのが、ホンネです。
誰も悪くないけど、マイナスを吐き出さないとちょっとつらい。

  

コロナの影響がなくて、イベントがもっと沢山あれば、そこまでは感じなかったと思うんですよ。
イベントだけじゃなく、それこそ旅行とか、別の娯楽の選択肢があれば更に。

ただ、今はこのご時世。
『他のイベントに行く』という選択肢がとれない。
行くイベントを決め打ちして、色々なリスクを折り込んだ上で、行く覚悟をしなければならない。

その一方で、今私がやっている仕事って『コロナがなければもっともっと色々なことができる』お仕事だったりするので、そこで充実度が更に上だったかもしれないし、そちらが忙しくてそのせいでイベントに行けない、という逆の悲鳴になっていたのかもしれません。
それならそれでいいんですよ。
そっちに打ち込めるし、充実感はそちらでいっぱいいっぱいになる。

 

もどかしいっすねー。
だからこの曲のタイトルをわざわざ持ってきたんですけどね。
全然関係ない話で牧野由依さんすいません、って感じなんですけど。

まあ、仕方ないものは仕方ありません。

せっかく引用したので、この曲に倣って。
無理することはないけど、たまにでもいいから顔を上げて。
ちっぽけな世界だから、もう少し先まで歩いてみることに、しましょうか。

評判の悪い人から言われた、大切なこと

私が新社会人として働きはじめたまさに初日のこと。
しかも、まだ何も説明を受けていない、勤務開始30分も間もないくらいの出来事でした。

たまたま、私の部署に来ていた、他の部署のえらそうな人が、まだ緊張していて椅子にカキコチに固まって鎮座していた私に、こんな言葉をかけました。

 

『見たところ、キミは何かでかいことをできるタイプじゃないだろう。
だから、一人でやろうとせず、真面目に目の前のできることをやって地道に頑張れ』

 

この言葉を言った人は、とても評判が悪い人でした。
仕事もそうですし、人格的な面でも『褒められたもんじゃない』『ろくでもない』的な話も耳にしたりしました。 
そりゃそうですよね、入ってきた新人に、いきなり上から目線でこんなことを言うんですから。
距離を測ろうとか、大事に扱おうとかいう感覚がまるでない。
親分肌というか、ぶっきらぼうというか、そういう感じ。

 

当時、何でもやって成果を出してやろうという、いわゆる”意識高い系”の気を、今の数万倍くらい持ち合わせていた私。
「なにくそ」とはきっと思ったはずです。

 ただ、自分の中で、すとんと落ちた部分も、きっとあったんですよね。
だから、今でもこうして、言われたことを覚えている。

 

この人に、私は結局深くかかわることはありませんでした。

それから十年と少し。
いろいろなものをぶつかりながら、少しずつ角が取れてきた私ですが、何かでかいことを成し遂げることはありませんでした
むしろ、どちらかというと調整役のような、裏方の裏方として動くような、そんなお仕事をいただくことが増えてきています。

それを考えると、この人は、人の素質を見る目があったのかもしれないなと。
言葉はぶっきらぼうでしたが、その言葉は長く働いていくうえでとても大事な考え方。
そんなことを言ったら、嫌われることだって少なくないはずです。
それを言ってのける、ある種のお人よしさ。

この人は、ある側面では評判は悪かったけれども、いい面も持っていたんじゃないか、と今は思います。

 

私の器は、きっと小さい。
だから、多くの人に手伝ってもらわなければ、何かを成すことはできません。
そのためには、とにかく地道に積み重ねること。
謙虚に邁進すること。
ややもすると気が大きくなってしまう性分ですから、そこを押さえるのは一苦労ですが。
大切なことを忘れずに、ある意味この文章も自らの枷として活用しながら。
焦らずに、一歩一歩、歩みを進めていければいいな、と思います。

プラスアルファの生き方

少し前の「推し、燃ゆ」でも登場した、『背骨』という概念。
分かりやすく言い換えると、”自分の生活の中心”という意味合いでしょうか。
『核』とか『柱(鬼滅じゃないよ)』とか、言い方は色々です。

趣味の分野にいると、
『私の中心は○○だ』
『私は○○というコンテンツ中心に生きています』
って、言いたくなるし、実際に格好いいかどうかは別にしても、そう言い切れることを羨ましく思ったりもします。

ただ、本心でそれを言える人って、実は少ないと思っていて。
いかにもそんなことを言いそうな私ですが、自分の場合はどう転んでも、柱と言えるものって、今携わっている仕事なんですよ。
いいことばかりではないし、いやなことの方がかなり多いくらい。
でも、私はそこを追求したいと思ってここに留まっているし、それ以外の選択肢は今はありません。

 

『環境』という要素って、大きいんですよね。
その環境の中で、楽しめるものを楽しめばいいし、支えになりそうなことに触れればいい。
自分が倒れない範囲で応援できるものは、無理なく応援すればいい。

とはいえ、物事って偏れば偏るほど逆にやりやすくなるから、”プラスアルファの範囲におさめる”って、逆に難しかったりするんですけどね。
ただ、長く楽しみ続けるには、大事なことだなと思います。