つーるまうの最近はー
やー、生きてます。
ちゃんとかどうかはわかんないけど生きてます。
消化試合じゃなく、そこそこ前向きにです。
相変わらず、オタクやってますね。
少し前にちょっと変わって、ちょっと前に少し揺り戻して、という感じ。
ただ、前は”毎年いる場所が違う”とか言われていましたから。
それに比べたら、だいぶ落ち着いたんじゃないでしょうか。
元々、最前線にいるようなタイプではなかったのに、それにしては活動的になったねと当時を知る人は言うのかなと思ったり、そんな人はもうほぼいないなと思ったり。
「推し活」とわたし
最近の「推し活」の流れには、若干”戸惑っている”というのがストレートな言葉です。
それは違うよ、というつもりもないし、それはもうトレンドや世代差なんだなということはわかっていて。
でもそれを自分も同じようにやるかと言うと、たぶんやらないなという感じ。
そこについて、良し悪しで考えるケースも多いんですけど、こればっかりは正解はないので。
かえって、みんながイエスマンですという、正しいようでこわさのある世界よりは、まあ自由でいいのかなとは思ったりします。
前にそんなことを書いた気もしますが、テレビを通して芸能人を好きでよく見ていることだって、立派なファンなんですよね。
だから、例えば有名人が熱愛!みたいなことになったとき、割と多くの人が「〇〇ショック!」と言って衝撃を受けたりします。
その人が出演するイベントや、スポーツのゲームかもしれない、そういうところに毎回通っている人は一握りかもしれないのに、多くの人がショックを受ける。
それは「れっきとしたファン」だということで。
ファンの形は人それぞれで、それは今の「推し活」と完全にイコールではないということではあるんですよね。
ドライに言ってしまえば、何かを好きでフォローすることは、ある種の趣味なので。
その前置きをわかったうえで、自分の生活になじませていけばいいということ。
私はどうやら強靭なオタクに見られることがあるそうなのですが、滅相もないという言い訳はしておくとして。
無理せずに、応援ができていけばいいなと思っているところです。
「環境」というファクター
また、これも前に書いたことにつながるのですが、環境について。
ちょうどそういうタイミングなのか、周りに環境が変わる方が多いです。
その変わり方も多様で、仕事だったり家庭だったり、趣味だったり人生そのものだったり。
今の環境だから、今できることがあるわけです。
環境がひとつでも変わると、がらっと世界を変えてしまいます。
あんまり重い話をしてもよくないので、誰にでも起こりうるライトな話を題材にしますと。
ライブが好きでいろんなライブに行き、元気に飛びはねていたタイプの人が、
「もう体力的に持たないからライブはあまり行かなくなった」
となったりする。
かつては私のほうが引っ張られるようにライブに行っていたのに。
運動が不得手でろくな筋力を得られなかったほうが、今でも意気揚々とライブに繰り出しているのはなんとも、という感じがします。
体力一つとっても、世界が変わってしまう。
そして、環境というのは「変わらずにはいられない」んですよね。
別に桜が咲く坂道を登っているわけじゃないけど、変わらずにはいられないのはみんなそうなんです。
だから、今この環境でできることを、最大限やる。
なんかもうそういう生き方しかできないなあと、そう思っています。
むすびに
とりとめもない話をしたときに「何か書きたいことがあったわけではなく」と書きたくなるくせがあるのですが、これだけ長く書いているのできっと書きたいことはあったはず。
ただ、なんかそれをテーマとして切り出して「こうあるべき!」みたいなことはやりたくないなあと思って、こんな感じになりました。
私は昔からこんな感じですし、たぶんスタンスは変わらんのだろうなあと思います。
面倒くさいのも変わらないので、それを折り込んで接していただければと思いますし、それを含めて温かい目線を送ってくださっている方には感謝しています。
ということで、とりあえずの近況報告でした。




