つるまうかく

群馬在住ヲタクのネット書斎

好きは好きのうちに

日本人は、「好き」という感情表現が下手、だと言われることが多いですよね。
それは、古来より連綿と受け継がれてきた精神のようなもので。
沈黙は金、言わぬが花、奥ゆかしさ・・・
「言わない」文化という背景があるかもしれません。
現代では、「KY(空気読め)(空気読まない)(実際の読みはどっちなんだい)」という伝統芸能も誕生しました。

私は外国人ではないので、日本以外の感覚的な話もわからず、勿論その比較はできないのですが、「好き」という言葉には、とても質量があるなあとは感じています。
軽々しくは言えない、という感じ。

ただ、直近で色々考えるきっかけになったそれぞれ別の出来事に対して、タイトルに書いたことで全てつながることに気づいたんですよね。

「好きは好きのうちに」

好きだからこそ行動に移すなら、好きという感情が乗っているときのほうがいい。

ただの一文ですが、この一行には様々な思いを詰めています。

好きだった対象の置かれている状況や環境が変わってしまい、そこには居続けてくれているのだけれど、おいそれと好きとは言えなくなってしまったり。

好きだったんだよ、好きだったんだけど、好きだった部分が過去のものになってしまって、今のその存在は純粋に全部ひっくるめて好きですとはいい難くなってしまったり。

好きだったその対象の、存在そのものが消滅してしまったり。

 

好きと思えるものが、人がいるって、それだけで幸せなことだと思うんですよ。
せっかく、そんな状態なんですから、その瞬間を大事にしてほしい。
そう思ったら、こんな文章が出来上がっていました。

好きは好きのうちに。
その好きが、人生に温かみをもたらしてくれますように。