どちらかというと明るくはない話なので、かるーく聞いていただければという感じで。
友人が、「作品のポップストアに行ったよー」って話をしておりまして。
そうだよなー、作品のファンなら行くんだろうなー、と思って。
そして、そういった場に行っていない自分がいて。
私も、どちらかといえば”コンテンツのファン”のはずなんです。
だから、『そこに誰がいる』ということは考えずに訪れることもあって。
ただ、最近は特にですけれども『キャストや関係者が出演するイベントに行く』という習慣もできていて。
コンテンツのファンとはいいながらも、人を追っかけている。
その状態にあることを、如実にわからされたような気がしています。
はるか昔のこと。
劇場でやるイベントを、スタッフとして手伝ったことがあるんですよ。
それは確か家族向けで、人形劇だったか、きぐるみショーだったか、子ども向けミュージカルだったか、そんな感じの催しで。
そこに、MCのお姉さんを追っかけている、どうみても子どもではないファンたちがいたんですよね。
終演後にそのお姉さんがロビーに出てきてファンの人とお話していて。
それで、次の会場がどことか、地方都市の名前が挙がったりして。
今思えば、追っかけのファンだったんだと思うんですけれども。
今の私って、同じように見えているのかもしれないな、と。
「今はそういうビジネスモデルだから」が結論でいいんだと思うんですよ。
私がファンになっている人々は、いろんなコンテンツに出ていて、色んなイベントもあって。
それが無料のPRイベントかと言われれば、しっかり有料で。
そのイベント自体がある種ペイできるものにもなっていたりして。
だから、それでいいんだ、と思うのですけれども。
なんか、しっかり作品を追っている人だったりですとか、コンテンツのファンの人に対して、若干の申し訳無さを感じることも正直あります。
本当は、作品ありきで、キャストどうこうはその次なんですよね。
今は、その人自体をソロ活動として売り出したり、その人を中心に据えたイベントをやったりもしますし、それはその人中心に回っているコンテンツだからそれでいいんですけれども。
たぶん、作品に触れてなにか考えたり行動したりするときに。
作品への思いがやっぱり柱の真ん中にないと、なんかブレちゃう。
端から見て、変な形の応援になっていたりして、それは考えが浅い、ということになってしまう。
作品に、コンテンツに向き合っていくことが、本当のファンがやることなのかもしれないですけれども、なかなかそうはいかず。
でも、そこを大事にする心は持っていたいなと思います。
その周辺のことで、いろいろ感じたり、頭をぐるぐるさせることが最近とても多くて、あれこれ書いてみました。